2019年11月25日
自分史はテーマ次第でいくつもできる!
Vol.12
自分史をつくることで、生きた証(あかし)を残す
マイ ストーリーを次世代につなげる
Annalouge(アナログ)のライター 大谷(おおや)敦子です
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
自分史って、自分が生まれてからこれまでの人生をまとめるのだから、1回書いたら終わり。そう思っていませんか?
私もそう思っていました。
けれども、自分史のことを学び始めたら、もっといくつもの方法があることを知りました。
・少年記/少女記
・創作記録(作品集)
・子育て自分史
・旅行記
・食事ログ
これまで生きてきた人生すべてを掘り起こして自分史にまとめるには、相当な労力と時間がかかりますが、
ある一定の期間、趣味などのテーマに絞ったりすることで、ゴールが見えやすくなります。
私がやってみたいなと思ったのは、『子育て自分史』と『旅行記』。
母親がつくってくれた『味』についてまとめてみたいと思っています。
(それほどお料理上手の母ではないのですが、祖母から伝わる富山県のお雑煮、お煮しめ・・・レシピとともに残せたら、子どもたちが継いでいけるのではと淡い期待)
自分史まつり2019で、「スマホ自分史」というスマホで撮影した動画を1分以内にまとめた作品が発表されたのですが、ある女性の方のテーマが『子育て』でした。

Photo by 123RF
野球に打ち込んでいる息子さんの成長とともに、母親の立場からの愛情あふれる応援、サポートする様子が表現されていました。小学校、中学、高校それぞれの当時のユニフォーム、泥だらけになったユニフォームの洗濯が大変だったこと、日が暮れるまでの練習、高校最後の試合...愛情あふれる時間が凝縮されたミニドキュメンタリーでした。
作品をつくったお母さまは、多くの時間を費やしてきた子育ての一区切りとして、形に残したかったとおっしゃっていました。
きっと息子さんにとっても、母の愛情を知ることができる宝物になるのでは思いました。
一緒に暮らしてきたペットとの歴史、商売をしている方でしたら商店史、大好きなアーティストとともに歩んだ青春時代、これまで乗ってきた愛車の歴史など、自分史のテーマはいくらでもあります。
自分史まつりに参加されていた方が、自分史を1冊つくったら、また新しいテーマで作りたくなるとおっしゃっていたのがわかる気がしました。
自分史の世界、広がっています!
*自分史まつり2019に参加したときのブログ記事はこちら*
↓
https://annalouge.i-ra.jp/e1168724.html
☆☆☆
自分史の楽しさ、一緒に分かち合えたら、うれしいです。

自分史まつり2019に参加して学びがいっぱいでした!
アナこと、大谷(おおや)敦子でした。
自分史をつくることで、生きた証(あかし)を残す
マイ ストーリーを次世代につなげる
Annalouge(アナログ)のライター 大谷(おおや)敦子です
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
自分史って、自分が生まれてからこれまでの人生をまとめるのだから、1回書いたら終わり。そう思っていませんか?
私もそう思っていました。
けれども、自分史のことを学び始めたら、もっといくつもの方法があることを知りました。
・少年記/少女記
・創作記録(作品集)
・子育て自分史
・旅行記
・食事ログ
これまで生きてきた人生すべてを掘り起こして自分史にまとめるには、相当な労力と時間がかかりますが、
ある一定の期間、趣味などのテーマに絞ったりすることで、ゴールが見えやすくなります。
私がやってみたいなと思ったのは、『子育て自分史』と『旅行記』。
母親がつくってくれた『味』についてまとめてみたいと思っています。
(それほどお料理上手の母ではないのですが、祖母から伝わる富山県のお雑煮、お煮しめ・・・レシピとともに残せたら、子どもたちが継いでいけるのではと淡い期待)
自分史まつり2019で、「スマホ自分史」というスマホで撮影した動画を1分以内にまとめた作品が発表されたのですが、ある女性の方のテーマが『子育て』でした。

Photo by 123RF
野球に打ち込んでいる息子さんの成長とともに、母親の立場からの愛情あふれる応援、サポートする様子が表現されていました。小学校、中学、高校それぞれの当時のユニフォーム、泥だらけになったユニフォームの洗濯が大変だったこと、日が暮れるまでの練習、高校最後の試合...愛情あふれる時間が凝縮されたミニドキュメンタリーでした。
作品をつくったお母さまは、多くの時間を費やしてきた子育ての一区切りとして、形に残したかったとおっしゃっていました。
きっと息子さんにとっても、母の愛情を知ることができる宝物になるのでは思いました。
一緒に暮らしてきたペットとの歴史、商売をしている方でしたら商店史、大好きなアーティストとともに歩んだ青春時代、これまで乗ってきた愛車の歴史など、自分史のテーマはいくらでもあります。
自分史まつりに参加されていた方が、自分史を1冊つくったら、また新しいテーマで作りたくなるとおっしゃっていたのがわかる気がしました。
自分史の世界、広がっています!
*自分史まつり2019に参加したときのブログ記事はこちら*
↓
https://annalouge.i-ra.jp/e1168724.html
☆☆☆
自分史の楽しさ、一緒に分かち合えたら、うれしいです。
自分史まつり2019に参加して学びがいっぱいでした!
アナこと、大谷(おおや)敦子でした。
2019年11月24日
自分史はだれもができる究極の楽しみ
Vol.10
自分史をつくることで、自分の生きた証(あかし)を残す
マイ ストーリーを次世代につなげる
Annalouge(アナログ)のライター 大谷(おおや)敦子です
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
自分史とは、幼少期からこれまでの人生を1冊の本にまとめたものと思い込んでいたけれども、もっと自由な発想で、いろんな形があったいいのではと思えたのは、9月29日に江戸東京博物館で開かれた「自分史まつり2019」(一般社団法人 自分史活用推進協議会主催)に参加したからです。

・自分史はだれもができる究極の楽しみである
・世代間の架け橋を作る最強の手段である
と説くのは、『「超」整理法』の著者、野口悠紀雄さん(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問)。『「超」自分史ガイド』も執筆され、特別講演の講師として、登壇されました。

野口さんが自分史をすすめる3つの理由として
①健康にいい
人間の自己保存メカニズムでいいことしか覚えていないので、自分史を書くと楽しい気持ちになる
②ある一定の範囲で改ざんOK
国の歴史を改ざんしてはいけないけれども、自分史は自分の都合のいいように書いてよい
③精神的な快感がある
漠然と思っていたバラバラの過去の事柄が1つにまとまるとうれしくなる
人生を振り返ってみると、この出来事があったから、ここにつながったという経験はありませんか。
野口さんはインターネットで自分史をつくることを推奨していましたが、それも一つの方法だと思いました。
それまでは自分史というと自費出版。
相当な労力と金額もそれなりにかかります。
例えば、note(ノート)という文章、写真、イラスト、音楽、映像などを手軽に投稿できるサイトを使って、ブログのように自分史を書きつづることを提案されました。分量を気にすることなく、いくらでも書き換えることが可能で、URLを教えたら友人・知人にみてもらうことができるといいます。
*ご参考までに*
↓
https://note.mu/
【インターネットが苦手という方に向けた自分史があってもいい】
自分史がだれもができる究極の楽しみであるといいながら、野口さんが勧める「インターネットで書く自分史」がどなたにでもできるわけでもありません。
ネットが苦手な方は、アナログの手で書くという方法もあります!
まずは自分史を書きたいけど、どうやったらいいの?という方に向けて
の講座をご用意しました。
自分史に取り組む意義や楽しさを知って、実際に、思い出の写真1枚から「“A4” 1枚の自分史」を書く体験をします。
本格的にじっくりと自分史を書いてみたいという方にも、ライトな感覚で自分史を書いてみたいという方にも、
ひと通り自分史をつくる手順がわかって、楽しめる内容となっています。

日時:12月17日(火)13時30分~15時 (受付 13時15分~)
場所:いわなみキッチン(裾野市岩波249-1、JR岩波駅から徒歩30秒)駐車場あり
定員:6人(先着順)
持ち物:思い出の写真1枚、筆記用具
特典:自分史年表作成シート
受講料:3,000円(飲み物付き)
講師:自分史活用アドバイザー/元新聞記者
大谷 敦子(おおや・あつこ)
《お申込み先》
メール: annalouge45@gmail.com
①お名前 ②メールアドレス ③電話番号を明記してお申込みください。
こちらのQRコードからでも申し込み、問い合わせができます。
↓

☆☆☆
お気軽にお問合せください♪
アナこと、大谷(おおや)敦子でした。
自分史をつくることで、自分の生きた証(あかし)を残す
マイ ストーリーを次世代につなげる
Annalouge(アナログ)のライター 大谷(おおや)敦子です
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
自分史とは、幼少期からこれまでの人生を1冊の本にまとめたものと思い込んでいたけれども、もっと自由な発想で、いろんな形があったいいのではと思えたのは、9月29日に江戸東京博物館で開かれた「自分史まつり2019」(一般社団法人 自分史活用推進協議会主催)に参加したからです。
・自分史はだれもができる究極の楽しみである
・世代間の架け橋を作る最強の手段である
と説くのは、『「超」整理法』の著者、野口悠紀雄さん(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問)。『「超」自分史ガイド』も執筆され、特別講演の講師として、登壇されました。
野口さんが自分史をすすめる3つの理由として
①健康にいい
人間の自己保存メカニズムでいいことしか覚えていないので、自分史を書くと楽しい気持ちになる
②ある一定の範囲で改ざんOK
国の歴史を改ざんしてはいけないけれども、自分史は自分の都合のいいように書いてよい
③精神的な快感がある
漠然と思っていたバラバラの過去の事柄が1つにまとまるとうれしくなる
人生を振り返ってみると、この出来事があったから、ここにつながったという経験はありませんか。
野口さんはインターネットで自分史をつくることを推奨していましたが、それも一つの方法だと思いました。
それまでは自分史というと自費出版。
相当な労力と金額もそれなりにかかります。
例えば、note(ノート)という文章、写真、イラスト、音楽、映像などを手軽に投稿できるサイトを使って、ブログのように自分史を書きつづることを提案されました。分量を気にすることなく、いくらでも書き換えることが可能で、URLを教えたら友人・知人にみてもらうことができるといいます。
*ご参考までに*
↓
https://note.mu/
【インターネットが苦手という方に向けた自分史があってもいい】
自分史がだれもができる究極の楽しみであるといいながら、野口さんが勧める「インターネットで書く自分史」がどなたにでもできるわけでもありません。
ネットが苦手な方は、アナログの手で書くという方法もあります!
まずは自分史を書きたいけど、どうやったらいいの?という方に向けて
これから始める自分史入門
~楽しみながら作るカジュアル自分史~
~楽しみながら作るカジュアル自分史~
の講座をご用意しました。
自分史に取り組む意義や楽しさを知って、実際に、思い出の写真1枚から「“A4” 1枚の自分史」を書く体験をします。
本格的にじっくりと自分史を書いてみたいという方にも、ライトな感覚で自分史を書いてみたいという方にも、
ひと通り自分史をつくる手順がわかって、楽しめる内容となっています。

日時:12月17日(火)13時30分~15時 (受付 13時15分~)
場所:いわなみキッチン(裾野市岩波249-1、JR岩波駅から徒歩30秒)駐車場あり
定員:6人(先着順)
持ち物:思い出の写真1枚、筆記用具
特典:自分史年表作成シート
受講料:3,000円(飲み物付き)
講師:自分史活用アドバイザー/元新聞記者
大谷 敦子(おおや・あつこ)
《お申込み先》
メール: annalouge45@gmail.com
①お名前 ②メールアドレス ③電話番号を明記してお申込みください。
こちらのQRコードからでも申し込み、問い合わせができます。
↓

☆☆☆
お気軽にお問合せください♪
アナこと、大谷(おおや)敦子でした。
2019年11月05日
歌集による自分史 ひいおばあちゃんからのメッセージ
Vol.9
自分史をつくることで、生きた証(あかし)を残す
マイ ストーリーを次世代につなげる
Annalouge(アナログ)のライター 大谷(おおや)敦子です
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
手元に2冊の歌集があります。
「青芝」
粋なタイトルの「高齢可楽(これから)」

いずれも、夫の曾祖母 松本しづ子さんの歌集です。
昭和9年から短歌を始めたしづおばあちゃん。
短歌会にも所属して、その時々に感じたことを歌にしていたようです。
昭和49年に出版した第1作目の「青芝」には500首余り、
9年後の昭和58年に出した第2作目の「高齢可楽」にも500首余りが収められ、
あわせて1000首を超える歌が残されています。
どの歌からも、しづおばちゃんの人柄がそのまま表れているようで、
明るいながらも、謙虚で物静かな情感が漂ってきます。
兵庫県加古川市に住んでいた しづおばあちゃんでしたが、
昭和13年、夫の転勤で東京へ。
作品はそこでの暮らしから始まっています。
一部、紹介すると、
一日一日買ひ足してゆく世帯道具 今日は文机の届けられたり
子等は皆弁当持ちていきたれば ひとりの昼餉刻定まらず
身の回りの生活を一つひとつ丁寧に生きているさまが表現されていて、
一人の女性として、妻として、母として、祖母としての軌跡が記されています。
しづおばあちゃんには、娘と息子、2人の子どもがいたのですが、
息子の孝一郎さんは海軍兵学校に入学したのち、
流行っていた赤痢にかかり、
戦後まもなく、16才で亡くなってしまいます。
子が帰郷今日かと待つにはからずも 病篤しとわが耳うたがふ
三日かかりて漸く得たる乗車券に病む子看取ると急ぎ発ちたり
のろのろと走る満員の木炭車に遺骨だきて吾も揺らるる
そのときのしづおばあちゃんのことを思うと、
涙で文字がにじんで、読めませんでした。
悲しい息子の死、夫の死、夫が愛した芝に思いをはせ、歌にしたためています。
うれしい出来事には心躍るように歌が詠めても、
悲しみに暮れるなか、歌をつむぐことができるものかしら。
むしろ、歌にすることで気持ちに整理をつけていたのかもしれません。
夫と結婚したときにはしづおばあちゃんは他界していたので、
残念ながら、お会いしたことはありませんが、
歌集を通じて、しづおばあちゃんの思いに触れ、温かい気持ちになりました。
あとがきで、しづおばあちゃんが述べていますが、
歌集を出すよう勧められていたけれども、最初は乗る気がしなかったそうです。
ですが、
「歌は拙くとも 自分が歩んできた人生の生活記録としてまとめよう」と決心し、
これまで詠んできた歌を選び始めたとつづっています。
そのおかげで、時空を超えて、しづおばあちゃんの心に寄り添うことができました。
歌集に登場する祖母、夫の母、叔父、叔母、夫、夫の兄弟たちの誕生や結婚など、
しづおばあちゃんの愛で満ちあふれた思いを共有することができました。

旅先で訪れた先での歌もあり、
伊豆の修善寺、富士山、同じ風景をみていたのかなと思うと
追体験をしているようで、うれしくなります。

しづおばあちゃん、歌集を残してくれて、ありがとう!
☆☆☆
夫が誕生したときにも歌を詠んでいます。
生後十五時間とふ曾孫の写真鼻筋通りて耳福々し
しづおばあちゃんに伝えたいです
曾孫のその息子も福耳ですよって。
アナこと、大谷(おおや)敦子でした。
自分史をつくることで、生きた証(あかし)を残す
マイ ストーリーを次世代につなげる
Annalouge(アナログ)のライター 大谷(おおや)敦子です
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
手元に2冊の歌集があります。
「青芝」
粋なタイトルの「高齢可楽(これから)」
いずれも、夫の曾祖母 松本しづ子さんの歌集です。
昭和9年から短歌を始めたしづおばあちゃん。
短歌会にも所属して、その時々に感じたことを歌にしていたようです。
昭和49年に出版した第1作目の「青芝」には500首余り、
9年後の昭和58年に出した第2作目の「高齢可楽」にも500首余りが収められ、
あわせて1000首を超える歌が残されています。
どの歌からも、しづおばちゃんの人柄がそのまま表れているようで、
明るいながらも、謙虚で物静かな情感が漂ってきます。
兵庫県加古川市に住んでいた しづおばあちゃんでしたが、
昭和13年、夫の転勤で東京へ。
作品はそこでの暮らしから始まっています。
一部、紹介すると、
一日一日買ひ足してゆく世帯道具 今日は文机の届けられたり
子等は皆弁当持ちていきたれば ひとりの昼餉刻定まらず
身の回りの生活を一つひとつ丁寧に生きているさまが表現されていて、
一人の女性として、妻として、母として、祖母としての軌跡が記されています。
しづおばあちゃんには、娘と息子、2人の子どもがいたのですが、
息子の孝一郎さんは海軍兵学校に入学したのち、
流行っていた赤痢にかかり、
戦後まもなく、16才で亡くなってしまいます。
子が帰郷今日かと待つにはからずも 病篤しとわが耳うたがふ
三日かかりて漸く得たる乗車券に病む子看取ると急ぎ発ちたり
のろのろと走る満員の木炭車に遺骨だきて吾も揺らるる
そのときのしづおばあちゃんのことを思うと、
涙で文字がにじんで、読めませんでした。
悲しい息子の死、夫の死、夫が愛した芝に思いをはせ、歌にしたためています。
うれしい出来事には心躍るように歌が詠めても、
悲しみに暮れるなか、歌をつむぐことができるものかしら。
むしろ、歌にすることで気持ちに整理をつけていたのかもしれません。
夫と結婚したときにはしづおばあちゃんは他界していたので、
残念ながら、お会いしたことはありませんが、
歌集を通じて、しづおばあちゃんの思いに触れ、温かい気持ちになりました。
あとがきで、しづおばあちゃんが述べていますが、
歌集を出すよう勧められていたけれども、最初は乗る気がしなかったそうです。
ですが、
「歌は拙くとも 自分が歩んできた人生の生活記録としてまとめよう」と決心し、
これまで詠んできた歌を選び始めたとつづっています。
そのおかげで、時空を超えて、しづおばあちゃんの心に寄り添うことができました。
歌集に登場する祖母、夫の母、叔父、叔母、夫、夫の兄弟たちの誕生や結婚など、
しづおばあちゃんの愛で満ちあふれた思いを共有することができました。
旅先で訪れた先での歌もあり、
伊豆の修善寺、富士山、同じ風景をみていたのかなと思うと
追体験をしているようで、うれしくなります。
しづおばあちゃん、歌集を残してくれて、ありがとう!
☆☆☆
夫が誕生したときにも歌を詠んでいます。
生後十五時間とふ曾孫の写真鼻筋通りて耳福々し
しづおばあちゃんに伝えたいです
曾孫のその息子も福耳ですよって。
アナこと、大谷(おおや)敦子でした。
2019年08月16日
私を自分史事業へ突き動かした本【後編】
Vol.5
自分史をつくることで、自分の生きた証(あかし)を残す
マイ ストーリーを次世代につなげる
Annalouge(アナログ)のライター 大谷(おおや)敦子です
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
突然の余命宣告を受けたら、あなたならどうしますか?
・「死生観」を学ぶために高野山大学大学院に入学する
・自分の葬儀の打ち合わせをする
・葬儀代をパートナーの口座に振り込んでおく
・永眠する場所を決めておく
仕事と闘病を続けながら、これらのことをやり遂げた人がいます。
2012年10月2日、肺カルチノイドでこの世を去った流通ジャーナリスト 金子哲雄さんです。
享年41
賢い選択、賢い消費をすることが、人生を豊かにする
金子さん流通ジャーナリストとして、何度も口にしてきた言葉。
自分の最期、葬儀=人生の幕引きを情報として発信していきたいという気持ちがありました。
若くして妻を残してこの世を去ることを受け入れ、
自分の葬儀と葬儀後のプロデュースにとりかかります。
ご縁あって、生前のうちに「慈雲院殿應救哲心居士」
という立派な戒名を頂戴します。
院殿というのは、存命中に相当なことをしないといただけないものだと知り、
金子さんは、戒名に値するのに十分ではないのではと考えます。
あとで聞いたところによると、
金子さんのやってきたことが、社会の多くの人々の生活を大切にしようとした仕事だから、
立派な名前を生前授戒してくださったのだという。
妻を路頭に迷わせないようにするのが、
自分が死ぬ前の第一のことと考えていたけれども、
それだけでは不十分なのではと考えた金子さん。
自分が生きてきた意味について問いかけ、
地域社会のため、
公共のため、
そのために何が残せるのか。
一時的に危篤に近い状態に陥りながらも回復し、
寿命を延ばすことになったのかもしれない出来事は、
これまでお世話になった方へのお礼とお詫び伝えたい
と本の執筆にとりかかったからです。
本という目標ができたことで、張りが戻り、執筆することが日課になりました。
その本のなかに、在宅終末医療を選択し、経験したからこそ知りえた
地域医療にかかわるドクターの現状、
(医療費が支払えない患者さんが増えていて、
ドクターの持ち出しも少なくないという現実)
闘病と仕事の両立の難しさ、
がんやカルチノイドの治療情報の集め方などの思いの丈をまとめました。

この一冊は、まさしく金子さんの生きた証であり、
自分史をつくることで、自分の生きた証(あかし)を残す
マイ ストーリーを次世代につなげる
Annalouge(アナログ)のライター 大谷(おおや)敦子です
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
突然の余命宣告を受けたら、あなたならどうしますか?
・「死生観」を学ぶために高野山大学大学院に入学する
・自分の葬儀の打ち合わせをする
・葬儀代をパートナーの口座に振り込んでおく
・永眠する場所を決めておく
仕事と闘病を続けながら、これらのことをやり遂げた人がいます。
2012年10月2日、肺カルチノイドでこの世を去った流通ジャーナリスト 金子哲雄さんです。
享年41
賢い選択、賢い消費をすることが、人生を豊かにする
金子さん流通ジャーナリストとして、何度も口にしてきた言葉。
自分の最期、葬儀=人生の幕引きを情報として発信していきたいという気持ちがありました。
若くして妻を残してこの世を去ることを受け入れ、
自分の葬儀と葬儀後のプロデュースにとりかかります。
ご縁あって、生前のうちに「慈雲院殿應救哲心居士」
という立派な戒名を頂戴します。
院殿というのは、存命中に相当なことをしないといただけないものだと知り、
金子さんは、戒名に値するのに十分ではないのではと考えます。
あとで聞いたところによると、
金子さんのやってきたことが、社会の多くの人々の生活を大切にしようとした仕事だから、
立派な名前を生前授戒してくださったのだという。
妻を路頭に迷わせないようにするのが、
自分が死ぬ前の第一のことと考えていたけれども、
それだけでは不十分なのではと考えた金子さん。
自分が生きてきた意味について問いかけ、
地域社会のため、
公共のため、
そのために何が残せるのか。
一時的に危篤に近い状態に陥りながらも回復し、
寿命を延ばすことになったのかもしれない出来事は、
これまでお世話になった方へのお礼とお詫び伝えたい
と本の執筆にとりかかったからです。
本という目標ができたことで、張りが戻り、執筆することが日課になりました。
その本のなかに、在宅終末医療を選択し、経験したからこそ知りえた
地域医療にかかわるドクターの現状、
(医療費が支払えない患者さんが増えていて、
ドクターの持ち出しも少なくないという現実)
闘病と仕事の両立の難しさ、
がんやカルチノイドの治療情報の集め方などの思いの丈をまとめました。

記録をまとめ終えた5日後、金子さんは息を引き取ります。
この一冊は、まさしく金子さんの生きた証であり、
地域医療に関わる問題提起については、いまを生きる私たちへの“宿題”なのだと思います。
☆☆☆
この本のあとがきには、金子哲雄さんを支えた妻・稚子(わかこ)さんのメッセージがつづられています。
愛する伴侶が、「いつ死んでもおかしくない」と宣告されてからの500日間のできごとについて。
金子さんの最後の食事らしい食事が、
静岡出身の稚子さんが作る真っ黒なお汁の「静岡おでん」だったことが記されていて、静岡人として、うれしいエピソードでした。
アナこと、大谷(おおや)敦子でした
この本のあとがきには、金子哲雄さんを支えた妻・稚子(わかこ)さんのメッセージがつづられています。
愛する伴侶が、「いつ死んでもおかしくない」と宣告されてからの500日間のできごとについて。
夫が最後に「こうしたい」という望みを叶えるために、全力で尽くした稚子さん。
自身のお父様を看取った経験がなければ、夫を支えることは難しかったかもしれないとおっしゃってます。
静岡出身の稚子さんが作る真っ黒なお汁の「静岡おでん」だったことが記されていて、静岡人として、うれしいエピソードでした。
アナこと、大谷(おおや)敦子でした